目標の手前に落ちた砲弾が水中を魚雷のように進む現象。この現象は、帝国海軍がワシントン条約によって廃艦となった未完成の戦艦『土佐』に対する戦艦『長門』の砲撃処分時に発見された。『土佐』の約100m手前に着弾した『長門』40cm砲弾はそのまま水中を進んで『土佐』の後部機関室内の喫水線下に命中し、約3000tの浸水をもたらしたことが判明。さらに同様の理由で廃艦となった戦艦『安芸』に発生した水中弾は命中後17分で同艦を沈没させており、就航が1911年とはいえ、満載排水量21,800tの戦艦を沈めた水中弾に帝国海軍が大いに関心を示したことは無理からぬことであった。
このことをきっかけに帝国海軍では艦の改装の際に水中弾防御を新たに施すと同時に、水中弾効果を最大限に引き出す新型徹甲弾の開発に着手。
実験の結果、通常の尖頭弾だと水の抵抗を非常に受けやすい上に横転などの不規則な挙動を示し、一気に失速して海中に沈んでしまい、浅い角度で着水すると跳弾となってしまうことが発覚した。
これに対して帝国海軍は、平らな弾頭に鋭利な被帽頭を設置することで、弾頭で発生した気泡が砲弾を包み込んで(スーパーキャビテーション)水中弾の直進性能を大幅に向上させることを突き止め、テストの結果水中弾効果は大いに期待できるとして八八式徹甲弾として1930年に海軍に正式採用された。八八式徹甲弾は200口径ほどの距離(砲弾直径の200倍)を進む。
海軍はこのことを極秘として他国の海軍に知られないよう細心の注意を払っており、帝国海軍以外で太平洋戦争の終戦までに水中弾効果を知っていたのは1935年頃に実験によって発見した米海軍のみである。
ただ、1式徹甲弾の採用された太平洋戦争では空母機動部隊が戦闘の中核となったことで戦艦同士の砲撃はほとんど発生せず、発生したものも第3次ソロモン沖海戦と、その後にあったレイテ沖海戦時に発生した帝国海軍戦艦群による米護衛空母群砲撃があるが、どちらも水中弾のはっきりとした効果は記録されていない。