父は兵庫県有馬郡三田町三輪村出身の三谷徳右ヱ門の四男佐助、母は坂井小三郎の長女なおであった。父は大阪で事業を起こし失敗、その後、神戸元町に移りブリキ屋を創業、同地における元祖となった。また、白洲退蔵の奨めでキリスト教に入信し、現在の日本基督教団神戸教会の会員となり、活動的信徒として神戸多聞教会や兵庫教会の設立に携わった。長兄は三谷種吉、キリスト教の音楽伝道者、牧師となる。弟の酒井良太郎は実業家。末弟の三谷俊造は米国に渡って作曲家となる。
1872年11月21日、神戸市元町に生まれる。1875年、両親と長兄とともに、現在の日本基督教団神戸教会でジェローム・デイヴィスから洗礼をうけた。1886年、同志社英学校に入学。1890年、近江八幡YMCAの貧民救済音楽会で奏楽。この頃、同志社英学校を中退。1891年頃から得意なアコーディオン、ヴァイオリンを片手に音楽活動に盛んに従事し、兄種吉とともにアコーディオンの曲集を編纂する。その後、川上音二郎一座に加わる。
1900年1月25日に発病、翌26日午後3時15分、興行先の米国のボストン府立病院にて召天。ボストン近郊のマウントホームの墓地に葬られた。