30年間回春病院の院長職にあった。なお、同病院の初代の院長は三重県の五味医師、2代目は熊本県の田尻寅雄であったが、同氏は週に1回ほどしか訪れていない。彼は実質最初の院長である。たいへん真面目な性格で、時にはリデルと患者の間に入って患者を守り、皆から信頼されていた。彼は院長というより、患者のよき友であった。患者からは慈父として慕われたが、患者玉木愛子(のちに国立療養所長島愛生園に移動した)は「先生の風采は色白な田舎の村風子」と言われた。再婚したが家庭にあっては病弱な妻を助けて家事をしたので、初めて会う人は下男と間違えた。ユーモアがあり皮肉も言ったが患者には慕われた。回春病院はハンナ・リデルの名前で知られているが、それは三宅俊輔のような全てを任せられるような人がいたからである。