技術移転を成功させるため、知識や情報の体系的な蓄積と提供が強く望まれるようになり、当時、一般利用が始まっていたコンピュータを用いた科学技術情報の情報検索サービスの構築が計画され、その母体となる日本科学技術情報センター(JICST)が設立された。中井はその設立メンバーとなり、システム構築に必要なデータベース技術を得るため単身米国に派遣され調査、導入にあたった(渡米中の激務と心労から中井は急性胃潰瘍から胃穿孔・大出血を起こし緊急手術を受けている。この時の輸血から肝炎ウイルスに感染し、後年の肝細胞癌の原因となった)。中井らの努力は1976年、日本初の本格的な科学技術情報検索サービスJOIS(JICST Online Information System)として結実した。