中山吾一
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1900年(明治34年)、愛媛県喜多郡蔵川村(現 大洲市)に生まれた。14歳の時、京都に上洛。新聞配達をしながら京都市左京区聖護院にあった京都正則予備学校(現在の京都両洋高等学校)に学び、ここで中根正親(後の両洋学園長)に邂逅した。1918年(大正7年)同校を卒業後、立命館大学予科に進学したが、ある日、日本を離れて世界に雄飛しようとの大志を立て、バンクーバー在住のおばを頼って単身カナダへ渡った。
1920年(大正9年)、聖公会の英国人神父ウィルバーフォース・クーパーの説教を聴き、キリスト者になろうと決意し、神学を修めて聖公会の神父になり伝道活動を開始した。第二次世界大戦時ブリティッシュコロンビア州スローカンで3ヶ年の強制収容所生活を強いられたが、収容所内でも伝道活動を続け、戦後アルバータ州コールデールに強制移住させられたのちも福音の伝道に挺身し、日系移民への献身的な伝道はもちろん、日本人・白人合同の教会の牧師として活躍した。1948年、日本との友好関係促進のためカナダ友好協会を設立。1966年に参事司祭の称号を授けられ、1974年にはトルドー・カナダ首相より表彰を受け、1978年には、英国女王エリザベス2世より表彰され銀メダルを授与された。1996年、バンクーバーで没した。
収容所時代の体験を半自伝的小説『失われた祖国』(原著名を『Obasan』といい、カナダ文学賞、米国図書賞など5つの文学賞を獲得したベストセラー)としてまとめたのは、娘のジョイ・コガワである。