マルキン醤油
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沿革
創業は1907年1月22日、島の有力醤油醸造家8名(設立時株主164名)を中心に香川県小豆郡苗羽村(のち内海町、現・小豆島町)に丸金醤油株式会社が設立された[2]。初代社長に木下忠次郎が就任[1]。
- 1934年8月12日 - 内海醤油会社を吸収合併。
- 1949年5月 - 大阪証券取引所第2部(現・東京証券取引所スタンダード)に上場[1]。
- 1950年 - 醤油の公定価格の撤廃に伴い、最上品製造会社の一つとしてヤマサ醤油、キッコーマン、ヒゲタ醤油とともに自粛価格を設定した[3]。
- 1962年8月1日 - 船山醤油、安田醤油、川野醤油、島一醤油の4社を吸収合併。
- 1988年3月 - 大阪府大阪市西区にマルキン大阪ビルを設置。
- 2000年4月1日 - 忠勇株式会社(旧会社。同日付けでマルキン忠勇株式会社に社名変更。現・ジャパン・フード&リカー・アライアンス)に吸収合併され消滅。
- 2017年4月3日 - ジャパン・フード&リカー・アライアンスの事業子会社盛田が、マルキンブランドの価値向上目的としてマルキン醤油株式会社として復活設立。
役員
『日本全国諸会社役員録 明治44年』
『日本全国諸会社役員録 第30回』
『日本全国諸会社役員録 第32回』
『日本全国諸会社役員録 第38回』
『日本全国諸会社役員録 第43回』
社名の由来
忠勇との合併
商法上は、忠勇が丸金醤油を吸収合併した形だが、実際は経営不振に陥った忠勇が丸金醤油の傘下に入ったもので、いわゆる逆さ合併であった。