交響曲 (コダーイ)
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交響曲の作曲の構想は、1929年頃にさかのぼる。この年、アルトゥーロ・トスカニーニの求めに応じて『夏の日の夕べ』を改訂、翌1930年にトスカニーニがニューヨーク・フィルハーモニックでこれを初演した。この頃からトスカニーニとの交友が始まったが、トスカニーニはまた、交響曲の作曲をコダーイに勧めた。コダーイはそれに応じてスケッチを始めたが、最初の楽想はブダペストで路面電車に乗っている時に浮かんだものを切符の裏に鉛筆で走り書きしたものであるとされている。
その後、この構想は長らく放置されていたが、第二次世界大戦後に再び手をつけ、1950年代初めに第1、第3楽章が、その数年後に第2楽章が書かれた。最終的には、ルツェルン祝祭管弦楽団からの強い要請を受ける形で、1961年に推敲を行って同年5月に完成した。その間、1957年にトスカニーニが死去しており、「アルトゥーロ・トスカニーニの思い出のために」という副題が添えられることになった。
初演は1961年8月16日、トスカニーニにもゆかりのあるルツェルン音楽祭において、フェレンツ・フリッチャイ指揮のルツェルン祝祭管弦楽団によって行われた。
出版は1962年、ブージー・アンド・ホークス社から。