伊勢ヶ坪城
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概要
安芸国三入荘を領地とした熊谷氏の居城である。1221年(承久3年)に勃発した承久の乱の戦功により安芸国に入った当時の熊谷氏当主熊谷直時は三入荘北端である大林の地に伊勢ヶ坪城を構え、居城とした。
ただし、熊谷氏の本拠地については、鎌倉時代末期まで名字の地である武蔵国熊谷郷にあり、安芸には代官が派遣されていたとする説もある[2]。
その後、戦乱の時代になると熊谷直経は山城とはいえ、比高も低く、防御力の高くない伊勢ヶ坪城から、要害堅固な三入高松城に居城を移している。しかし繋ぎの城としての役目もあり伊勢ヶ坪城は廃城となることなく存続し、隠居城としての役目も持っていたと言われている。その後毛利氏の防長移封に従い、伊勢ヶ坪城も他の熊谷氏の城や屋敷同様廃され、熊谷元直は三入の地を離れ、萩へと移っていった。

