佐々清蔵 From Wikipedia, the free encyclopedia 佐々 清蔵(さっさ せいぞう、? - 天正10年6月2日(1582年6月21日))は、戦国時代から安土桃山時代の武将。佐々政次の子。織田信忠の小姓。 織田信忠の小姓(『信長記』)。天正10年(1582年)の武田攻めに従軍し、3月2日の高遠城攻めで武功を挙げた(池田家本『信長記』)。本能寺の変の際に槍を持って奮戦し、二条新御所で討死した(『信長公記』)。 妻の佐々輝子は佐々成政の娘で従姉妹にあたる。夫の死後、鷹司信房と再婚した。 参考文献 高木昭作監修・谷口克広著『織田信長家臣人名辞典』吉川弘文館、1995年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles