佐位郡
日本の群馬県(上野国)にあった郡
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郡域
歴史
近代以降の沿革
| 知行 | 村数 | 村名 | |
|---|---|---|---|
| 幕府領 | 幕府領 | 13村 | 島村、上武士村、下武士村、野村、間野谷村、曲沢村、曲沢新田(曲沢村のうち)、香林村、堀下村、下触村、五目牛村、●今井村、西小保方村、上田村 |
| 旗本領 | 3村 | 田部井村、東小保方村、八寸村 | |
| 藩領 | 上野伊勢崎藩 | 2町 13村 |
●伊勢崎町、安堀村、波志江村、八坂村、上植木村、●下植木村、茂呂村、伊与久村、上淵名村、下淵名村、東新井村、百々村、境町、中島村、小此木村 |
| 上総一宮藩 | 3村 | ●西久保村、●市場村、西野村 | |
| 上野前橋藩 | 1村 | 国定村 | |
| 幕府領・藩領 | 幕府領・伊勢崎藩 | 2村 | 太田村、木島村 |
| 幕府領・前橋藩 | 1村 | 保泉村 旧穂積村沿革について天正以後徳川氏代官支配成延宝元年旗本支配下となる | |
| 旗本領・伊勢崎藩 | 1村 | 今泉村 | |
.本邨古時穂積村と称し天正18年保泉に改める
地勢、東南北は河水還流し西方耕地適に連なり水陸運輸に適す且つ薪し
地味 其色淡黒質悪豆桑に適す田水の利無
税地 畑八十五町四反九畝四歩 宅地十五町九反四歩 林 三四町三反二畝五歩 藪四反五畝一三歩
総計 一三六町一反六畝二六歩
戸数 男二六四人 女二六四人総計五百二十八人
馬牛 牡馬二十一頭
河川 廣瀬川 村の西南方那波郡馬見塚村より来たり
粕川 村の東北方伊与久邨より来たり邨の東方を流れて南方下蓮沼邨より上武士邨南に至り広瀬川に入る
民業 農業をする民九十九戸 鍛冶にする民二戸商をなす民六戸 養蚕をなす民六十六人 裁縫をなす女性八十一人
慶応4年6月17日(1868年8月5日) - 新政府が岩鼻陣屋に岩鼻県を設置。幕府領・旗本領を管轄。
- 明治初年
- 伊勢崎藩の領地替えにより、幕府領の一部(西小保方村、上田村、木島村)が伊勢崎藩領となる。
- 一宮藩の領地替えにより、一宮藩領の全域が岩鼻県の管轄となる。
- 明治4年
- 明治5年 - 八坂村が波志江村に編入。(2町36村)
- 明治6年(1873年)6月15日 - 熊谷県の管轄となる。
- 明治9年(1876年)
- 明治10年(1877年)
- 国定村が新田郡久仁村を、間野谷村が新田郡間野村をそれぞれ合併。
- 明治11年(1878年)12月7日 - 郡区町村編制法の群馬県での施行により、行政区画としての佐位郡を設置。「佐位那波郡役所」が伊勢崎町に設置され、那波郡とともに管轄。
- 明治15年(1882年) - 島村が那波郡前河原村を合併。
町村制以降の沿革
行政
- 佐位・那波郡長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 明治11年(1878年)12月7日 | |||
| 明治29年(1896年)3月31日 | 那波郡との合併により佐位郡廃止 |
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 10 群馬県、角川書店、1988年6月1日。ISBN 4040011007。
- 旧高旧領取調帳データベース


