佐志房 鎌倉時代中期の武将 From Wikipedia, the free encyclopedia 佐志 房(さし ふさし、生年未詳 - 文永10年(1274年)10月)は、鎌倉時代中期の武将。松浦党。肥前国松浦郡佐志村の地頭。 略歴 鎌倉幕府より将軍家下文を受け、東国御家人に準ずる存在として地頭を務める。元寇において、文永10年(1274年)10月16日、文永の役で佐須浦に3万数千人の蒙古軍が現れた。松浦党は松浦郡で蒙古軍と戦ったと見られ、数百人が犠牲となり、佐志房と子息の直(なおす)、留(とむる)、勇(いさむ)も討ち死にした。その後、遺領をめぐって直の子熊太丸と勇の娘久曽(くそ)が争っている(『有浦文書』弘安2年10月8日関東下知状)。 系譜 父:不詳 母:不詳 妻:不詳 男子:佐志直 男子:佐志留 男子:佐志勇 参考文献 村井章介 『北条時宗と蒙古襲来』 NHK出版、2000年。 関連作品 北条時宗(2001年・NHK大河ドラマ) - 演:藤竜也 関連項目 Summarize Fact Check 松浦氏 水軍 この項目は、軍事上の人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:軍事、プロジェクト:軍事史/Portal:軍事)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles