依田政彦 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 和歌山県東牟婁郡串本町生年月日 (1964-11-06) 1964年11月6日(61歳)身長体重 177 cm74 kg依田 政彦基本情報国籍 日本出身地 和歌山県東牟婁郡串本町生年月日 (1964-11-06) 1964年11月6日(61歳)身長体重 177 cm74 kg選手情報投球・打席 左投左打ポジション 投手プロ入り 1983年 ドラフト外初出場 1985年8月3日最終出場 1986年10月8日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) レイクウッド高校 カリフォルニア大学アーバイン校(中退) 近鉄バファローズ (1984 - 1989) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 依田 政彦(よた まさひこ、1964年11月6日 - )は、和歌山県出身の元プロ野球選手(投手)。左投げ左打ち。 アメリカで育ち、レイクウッド高校からカリフォルニア大学アーバイン校を中退した後、1983年オフにドラフト外で近鉄バファローズに入団。同期入団に小野和義、吉井理人、村上隆行、光山英和らがいる。 プロ入り2年目の1985年に一軍に初昇格し、プロ初勝利を挙げる。3年目の1986年には、一軍に定着し貴重な中継ぎ左腕として活躍する。また、同年8月6日の西武ライオンズ戦では、近鉄は8回表に1イニング6被本塁打という不名誉なプロ野球記録を喫してしまったが、依田はこの回の2死走者なしの場面で4番手で登板し、大田卓司に6本目のホームランを打たれている。 翌1987年に肘を故障、以降は一軍で登板することはなかった。1989年3月に現役を引退した。 引退後は、英語力を活かしてヤクルトスワローズや埼玉西武ライオンズで通訳を担当した。 詳細情報 年度別投手成績 年度球団登板先発完投完封無四球勝利敗戦セ丨ブホ丨ルド勝率打者投球回被安打被本塁打与四球敬遠与死球奪三振暴投ボ丨ク失点自責点防御率WHIP 1985 近鉄 171000200--1.00010020.0231182062019156.752.05 1986 403100230--.40034377.274163911323044343.941.45 通算:2年 574100430--.57144397.297175731385063494.521.58 記録 初登板:1985年8月3日、対南海ホークス18回戦(大阪スタヂアム)、5回裏2死に3番手で救援登板、2/3回無失点 初勝利:1985年8月20日、対西武ライオンズ16回戦(藤井寺球場)、9回表2死に4番手で救援登板・完了、1/3回無失点 初奪三振:1985年8月25日、対阪急ブレーブス19回戦(ナゴヤ球場)、9回表に吉沢俊幸から 初先発:1985年9月17日、対南海ホークス24回戦(大阪スタヂアム)、1回1/3を5失点 初先発勝利・初完投勝利:1986年5月17日、対西武ライオンズ6回戦(ナゴヤ球場)、9回3失点(自責点0) 背番号 33(1984年 - 1989年) 関連項目 大阪近鉄バファローズの選手一覧 和歌山県出身の人物一覧 Related Articles