- 1944年(昭和19年)11月1日 - 開隊。第19連合航空隊に編入。三重海軍航空隊から乙飛第21期500名・第22期500名転入
- 1945年(昭和20年)
- 2月1日 - 三重空から乙飛第23期800名が疎開転入
- 3月1日 - 19連空解散。呉鎮守府隷下第21連合航空隊に転籍
- 3月20日 - 乙飛第21期卒業(唯一の卒業生)
- 6月1日 - 予科練教育凍結。水上・水中特攻訓練に教程変更。
- 6月22日 - 水島空襲により、隣接する三菱重工業水島航空機製作所から類焼。以後、重工を標的とする空襲により類焼被害多数
- 昭和20年7月15日 - 21連空解散。呉鎮守府部隊に転籍
- 終戦後武装解除
空襲による物的被害は大きかったが、生徒・教官の犠牲者は少なかった。呉鎮守府が管轄する各部隊に振り分けられることになり、震洋・伏龍の訓練に明け暮れるうちに終戦を迎え、戦線投入には至らなかった。