八面城

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別名 荒川城
城郭構造 不明
築城主 不明
築城年 不明
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八面城
愛知県
別名 荒川城
城郭構造 不明
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 荒川氏
廃城年 不明
遺構 堀、土塁
指定文化財 なし
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八面城 (やつおもてじょう) は、三河国(現在の愛知県西尾市) にあった日本荒川城 (あらかわじょう)とも呼ばれる。室町時代後期に築城され、荒川氏の居城であった。

大永7年 (1527年)、荒川甲斐守義弘が築いたとされるが、詳細は不明。

1527年頃、戸ケ崎次郎義宗の子満氏、孫頼清が城を築いて、「荒川氏」を称したことに始まる。1561年、徳川家康の「東条城攻め」の際、荒川甲斐守義広は家康に属して戦功を挙げ、家康の異母妹「市場姫」を娶った。市場姫は、松平広忠於大の方と離別して後、平原平次の娘との間に儲けた子である。1563~1564年「三河一向一揆」の際、義広は一揆側に付き、家康と戦って敗れ、落城となる。義広-市場姫の間に一女があり、西尾城酒井雅楽助正親の次男酒井忠利に嫁している。

現在

アクセス

脚注

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