八面城 From Wikipedia, the free encyclopedia 別名 荒川城城郭構造 不明築城主 不明築城年 不明logo八面城(愛知県)別名 荒川城城郭構造 不明築城主 不明築城年 不明主な城主 荒川氏廃城年 不明遺構 堀、土塁指定文化財 なしテンプレートを表示 八面城 (やつおもてじょう) は、三河国(現在の愛知県西尾市) にあった日本の城。荒川城 (あらかわじょう)とも呼ばれる。室町時代後期に築城され、荒川氏の居城であった。 大永7年 (1527年)、荒川甲斐守義弘が築いたとされるが、詳細は不明。 1527年頃、戸ケ崎次郎義宗の子満氏、孫頼清が城を築いて、「荒川氏」を称したことに始まる。1561年、徳川家康の「東条城攻め」の際、荒川甲斐守義広は家康に属して戦功を挙げ、家康の異母妹「市場姫」を娶った。市場姫は、松平広忠が於大の方と離別して後、平原平次の娘との間に儲けた子である。1563~1564年「三河一向一揆」の際、義広は一揆側に付き、家康と戦って敗れ、落城となる。義広-市場姫の間に一女があり、西尾城主酒井雅楽助正親の次男酒井忠利に嫁している。 現在 令和8年 (2026年)現在、八ツ面小学校、畑地、住宅に変わり、土塁、堀が残る。 アクセス 〒445-0082 愛知県西尾市八ツ面町土井17-1 名鉄西尾線・桜町前駅または西尾口駅から徒歩約20分 脚注 Related Articles