六角時綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 室町時代中期生誕 不明死没 文安3年9月5日(1446年10月4日)別名 五郎(通称) 凡例六角時綱時代 室町時代中期生誕 不明死没 文安3年9月5日(1446年10月4日)別名 五郎(通称)戒名 円満寺殿義空勝公大禅定門官位 民部少輔氏族 六角氏父母 六角満綱兄弟 持綱、時綱、久頼、三井高久子 政堯テンプレートを表示 六角 時綱(ろっかく ときつな)は、室町時代中期の武将。 六角満綱の次男として誕生。 文安元年(1444年)、兄・持綱に不満を抱いた家臣団から擁立され、翌文安2年(1445年)に父と兄を自殺に追い込んだ。室町幕府は弟・久頼を還俗させ、文安3年(1446年)8月に京極持清と共に時綱一派を討ち取る命令を下した。時綱らは近江国愛知郡飯高山で蜂起したが、9月5日に久頼と京極持清の軍勢に攻め込まれ、飯高山で家臣団と共に自害した。 子・政堯は生き残り、後に近江守護に任命されている。 出典 今谷明・藤枝文忠編『室町幕府守護職家事典(下)』新人物往来社、1988年。 佐々木哲『佐々木六角氏の系譜』思文閣出版、2006年。 Related Articles