内藤忠俊 (図書助) From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 新五郎、図書助 凡例内藤 忠俊時代 江戸時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 新五郎、図書助官位 従五位下、飛騨守幕府 江戸幕府主君 徳川家光氏族 内藤氏(藤原北家秀郷流)父母 父:内藤正成、母:不詳兄弟 内藤正成、内藤正重室、鈴木伊直室、揖斐政景室妻 正室:素性不詳子 内藤正信室テンプレートを表示 内藤 忠俊(ないとう ただとし、生没年不詳)は、江戸幕府旗本。内藤右京進正成の長男。通称:新五郎、図書助。弟妹に内藤織部正正成、内藤正重室、鈴木伊直室、揖斐政景室。子に内藤正信室。 武蔵国栢間領第 3代領主。父の遺領5000石のうち、2000石を弟の織部正正成に分知する。書院番となるが、長年の不正を理由に寛永8年(1631年)2月4日に改易となる。のちに内藤正成(四郎左衛門)の三河以来の武功が評価され、忠俊の妹が内藤正重(外記)に嫁し名跡を継いだ。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles