物事を行っている者は、それを始めた最初の頃の謙虚であった心を忘れてはならないということを意味する[1]。最初に思いついていた一念を忘れてはならないという意味でもこの言葉が用いられている[2]。
室町時代の世阿弥から来ている。世阿弥が観阿弥から伝えられた芸の極意について述べた『風姿花伝』の後期に著した『花鏡』の最後の奥の段にこの言葉が出てくる。そこでは、是非、時々、老後の初心忘るべからずとされている。是非で説いているのは、未熟であったときのことを忘れず芸を向上させなければならないということ。時々で説かれているのは、年齢にふさわしい芸を行えようとなろうとも、その段階では初心者であるため未熟さがあるということを忘れてはならない。老後で説かれているのは、老年期になって初めて行なう芸もあるため、歳を取っているため安心をできたり完成しているということはないということ[3]。