剱神社
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位置
北緯31度42分20.7秒 東経130度47分11.4秒 / 北緯31.705750度 東経130.786500度座標: 北緯31度42分20.7秒 東経130度47分11.4秒 / 北緯31.705750度 東経130.786500度
主祭神
日本武命
| 剱神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 鹿児島県霧島市国分敷根99 |
| 位置 | 北緯31度42分20.7秒 東経130度47分11.4秒 / 北緯31.705750度 東経130.786500度座標: 北緯31度42分20.7秒 東経130度47分11.4秒 / 北緯31.705750度 東経130.786500度 |
| 主祭神 | 日本武命 |
| 社格等 | 旧郷社 |
| 創建 | 不明 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 例祭 | 3月18日 |
| 地図 | |
由緒
古くは敷根の北西にそびえる剱岩山頂を琵琶甲(びわんく)または枇琶甲(びわんく)と言い、そこに石祠があり、拝殿は剱岩の麓にあったが延宝元年(1674年)12月に現在の地に遷宮された。剱岩の名の由来は、日本武尊が熊襲征伐際して熊襲の様子を探る為に登り、剣を抱きながら野営をした故事に因むと伝わる。
敷根氏がこの地を領していた頃は天満宮(天満天神)を深く崇敬して宗社としていたため剱神社は自然に荒廃したが後に島津義久が山田利安に命じて再興させた記録が「神社明細帳」や敷根郷・猿渡仁衛門家蔵の「剱神社由緒記」にある。
1910年(明治43年)10月25日には兵主神社・菅原神社・太玉神社・蛭子神社を合祀した。
