劉翽 南朝宋の皇族 From Wikipedia, the free encyclopedia 劉翽(りゅう かい、泰始7年(471年)- 建元元年5月20日(479年6月25日))は、南朝宋の皇族。随陽王。明帝劉彧の十男。字は仲儀。 この項目には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字が含まれています(詳細)。 経歴 劉彧と杜修華のあいだの子として生まれた。元徽4年(476年)8月、南陽王に封じられた。昇明元年(477年)7月、使持節・都督郢州司州之義陽諸軍事・西中郎将・郢州刺史とされた。任を受けないうちに、都督湘州諸軍事・南中郎将・湘州刺史に転じた。湘州に赴任せず、前将軍の号を受けた。昇明2年(478年)11月、随陽王に改封された。 建元元年(479年)4月、斉が建てられると、劉翽は舞陰県公に降封された。同年5月、謀反の罪により、死を賜った。 伝記資料 『宋書』巻90 列伝第50 『南史』巻14 列伝第4 Related Articles