阿波の踊子
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略歴・概要
舞台である徳島県徳島市の助任川に架かる工兵橋(現徳住橋)付近を中心に、徳島中央公園、津田港、川内町宮島などで行われたとされる[1]。ロケ期間は1941年4月16日からの9日間[1]。それを受け、半世紀以上後の2006年3月に、徳住橋付近にある中徳島河畔緑地に映画の記念碑が建てられた[2]。
1937年(昭和12年)に盧溝橋事件が起こり、支那事変(日中戦争)の影響で、この年から阿波おどりは徳島観光協会が自発的に取りやめていた[1]。翌年、日中戦争に勝利し、阿波おどりが再開、本作『阿波の踊子』は再開のきっかけとなった[1]。
1957年(昭和32年)、本作の監督であるマキノ正博は、東映で大友柳太朗の主演により『阿波おどり 鳴門の海賊』として、マキノ雅弘名義でセルフリメイクした。