千賀ノ浦喜三郎

元大相撲力士 From Wikipedia, the free encyclopedia

千賀ノ浦 喜三郎(ちがのうら きさぶろう、生年不詳 - 1889年[要出典])は、越前国坂井郡(現福井県坂井市)出身で千賀ノ浦部屋阿武松部屋に所属した大相撲力士。本名は武林 喜三郎(たけばやし きさぶろう、旧姓:番匠)。最高位は西前頭筆頭。先代からの遺弟子雷電震右エ門大関まで育てる。大関大達の養父。

性別男性 編集
国籍日本 編集
きさぶろう 編集
松ケ枝 編集
概要 性別, 国籍 ...
千賀ノ浦喜三郎
ヒト
性別男性 編集
国籍日本 編集
きさぶろう 編集
松ケ枝 編集
読み仮名ちがのうら きさぶろう 編集
生年月日不明な値 編集
出生地越前国 編集
死亡年月日1889 編集
職業力士 編集
弟子雷電震右エ門 編集
スポーツ相撲 編集
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人物

幕内の少ない越前国出身。1858年11月には大関猪王山を倒し、1859年1月にはのちの横綱陣幕と引分。三役には昇進できなかったが幕内を7年務め、大関雲竜に1回勝利、2回引き分け、鬼面山にも勝利した。1866年3月引退。引退後は阿武松の弟子を引き受け大関雷電高砂を育てた。高砂を後継者に考えていたが相撲会所を脱退してしまい、大達を養子分にしている。1888年1月に組長として番付にあり、1889年5月の連名には見えずその頃死去したとみられる。弟子は大達が二枚鑑札で継承した。

略歴

主な成績

  • 幕内戦績:54勝43敗13分4預32休(16場所)

四股名変遷

  • 三国川 喜三郎(みくにがわ きさぶろう)1847年3月場所 - 1854年11月場所?
  • 松ヶ枝 喜三郎(まつがえ -)1855年2月場所? - 1862年11月場所
  • 千賀ノ浦 喜三郎(ちがのうら -)1863年7月場所 - 1866年3月場所(年寄としては1888年5月)

参考文献

  • 月刊相撲、1994年7月号「年寄名跡の代々 千賀ノ浦代々の巻」

関連項目

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