原昌栄 From Wikipedia, the free encyclopedia 原 昌栄(はら まさひで、生年未詳 - 天正8年(1580年)9月?)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏の家臣。隼人佑。弟に昌弘(宗一郎)、貞胤(惣十郎)。 時代 戦国時代死没 天正8年(1580年)9月?官位 隼人佑主君 武田信玄→勝頼概要 凡例原 昌栄, 時代 ... 凡例原 昌栄時代 戦国時代死没 天正8年(1580年)9月?官位 隼人佑主君 武田信玄→勝頼氏族 美濃土岐氏庶流原氏父母 父:原昌胤兄弟 原昌栄、原昌弘、原貞胤テンプレートを表示閉じる 生涯 武田信玄の譜代家老である原昌胤の長男として生まれる。天正3年(1575年)5月21日の長篠の戦いで父が戦死したため、家督を継いで武田勝頼に仕え、父と同じ隼人佑を称した。 天正6年(1578年)2月に竜朱印状の奏者としての名が確認されている。『甲陽軍鑑』によれば、天正8年(1580年)9月に上野国・善城(群馬県前橋市)における戦いで負傷し、甲府で死去したという。跡を弟の貞胤が継いだ(貞胤が昌栄の嫡男説もある)。 関連項目 原氏 Related Articles