昭和51年台風第17号
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概要
被害

台風の長期間の停滞と、前線の関東から四国付近での停滞によって全国的に大雨となり、土砂災害や洪水などの被害が多発した。九州から中部地方にかけては、期間降水量が500~1,000mmに達し、四国地方では2,000mmに達した所もあり、台風がもたらした総雨量は、834億トンに達した。総雨量1000mm以上を観測した地点は岐阜・三重・奈良・徳島・香川・愛媛・鹿児島県など、全部で23ヶ所にのぼる。
徳島県木頭村日早では、総雨量が2781mmに達した。 香川県小豆島内海町では、1328mmに達した。島内では土石流が続発して海岸沿いの集落が孤立、海上から巡視船による救出活動が行われた[3]。 さらに岐阜県では、長良川の上流で1000mmを超える降水のため、安八郡安八町大森番場地内で右岸堤防が決壊、同町のほぼ全域が水没した。さらに水没地域は輪中内堤防を越えて隣の輪之内町や墨俣町へと拡大した[4]。
9月13日、兵庫県一宮町(現:兵庫県宍粟市一宮)で山津波が発生。この時、8日からの降り始めからの降水量が637mmに達していた。6時50分に一次崩壊、9時20分に土砂が流出し20分後に泥流した土塊によって下三方小学校が60m流された[5][6]。
- 死者 - 161名、行方不明 - 10名、負傷者 - 537名
- 住家全壊 - 1,669棟、住家半壊 - 3,674棟
- 床上浸水 - 101,103棟、床下浸水 - 433,392棟
- 耕地被害 - 80,304ha
- 船舶被害 - 237隻
