喜多灘村

From Wikipedia, the free encyclopedia

廃止日 1955年1月1日
廃止理由 新設合併
喜多灘村・長浜町・櫛生村出海村大和村白滝村長浜町
現在の自治体 大洲市
日本の旗 日本
きたなだむら
喜多灘村
廃止日 1955年1月1日
廃止理由 新設合併
喜多灘村・長浜町・櫛生村出海村大和村白滝村長浜町
現在の自治体 大洲市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 四国地方
都道府県 愛媛県
喜多郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
隣接自治体 喜多郡:長浜町大和村白滝村
伊予郡下灘村
喜多灘村役場
所在地 愛媛県喜多郡喜多灘村大字今坊
座標 北緯33度37分55秒 東経132度31分21秒 / 北緯33.63181度 東経132.52253度 / 33.63181; 132.52253座標: 北緯33度37分55秒 東経132度31分21秒 / 北緯33.63181度 東経132.52253度 / 33.63181; 132.52253
ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

喜多灘村(きたなだむら)は、1955年(昭和30年)まで愛媛県南予地方喜多郡にあった、平成の合併を経て現在の大洲市の北東端。「喜多灘」の名を冠した小中学校はいずれも統合されてしまったが、喜多灘の名は喜多灘駅として鉄道駅の名称としてなお存続している。

東の伊予郡下灘村と西の喜多郡長浜町(旧)の間に位置。北は伊予灘に面し、南は四国山地の北端の山塊を介して喜多郡白滝村に接する。

中央構造線が北東から南西方向に走り、それに沿って形成された地域で、北西方向への斜面を形成し、切り立った磯海岸が続いている。こうした地形から集落は標高100から400メートル程度の地点に散在している(現在は海岸線に沿って走る国道沿道に公共的施設や民家も立地している)。

歴史

  • 1889年(明治22年) 12月15日 - 町村制施行により、「今坊(こんぼう)」「黒田(くろんた)」の両村が合併し喜多灘村が誕生。
  • 1935年(昭和10年) 10月6日 - 国鉄喜多灘駅開業。
  • 1955年(昭和30年)1月1日:長浜町、櫛生村出海村大和村白滝村と対等合併して新制長浜町となり自治体としての喜多灘村は消滅した。
喜多灘村の系譜

(町村制実施以前の村)  (明治期)
             町村制施行時
  今坊 ━━┓
       ┣━━━━ 喜多灘村 ━━━━━━━━┓
  黒田 ━━┛                  ┃
             (旧)長浜町 ━━━━━━┫
                          ┃
              櫛生村    ━━━━━━┫ (昭和30年1月1日合併)
                          ┣━━━━ 長浜町
             出海村    ━━━━━━┫
                          ┃
             大和村    ━━━━━━┫
                          ┃
             白滝村    ━━━━━━┛
(注記)(旧)長浜町ほかの合併までの系譜、及び長浜町のその後については、
それぞれの町村の記事を参照のこと。

地域

北に今坊(こんぼう)、南に黒田(くろんた)の旧2村があり、喜多灘村成立後もそのまま大字として継承された。昭和の合併により長浜町になっても大字として存続した。平成の合併後、かつての村域は「大洲市長浜町今坊」「大洲市長浜町黒田」と「長浜町」を付し、大字を略す地名表記となっている。

行政

交通

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI