四日市陣屋 From Wikipedia, the free encyclopedia 四日市陣屋(よっかいちじんや)は、江戸幕府が天領である四日市を管理するために設置した代官所(陣屋)。伊勢国三重郡四日市竪町(現在の三重県四日市市北町)に置かれた。 慶長8年(1603年)、四日市代官の水谷九左衛門光勝が造営し、江戸時代を通して、司法・行政の中心であった。四方には掘と土塁が廻らされていた。享保9年(1724年)に郡山藩(郡山柳沢家)領となったが、享和元年(1801年)に再び幕府領となり、近江国甲賀郡の信楽代官である多羅尾氏支配となった。 明治維新後は度会県の支所が置かれ、明治5年(1872年)から翌年まで三重県庁が置かれた。明治9年(1876年)に勃発した伊勢暴動によって焼打ちされ焼失する。 現在、跡地は四日市市立中部西小学校になっており、校門横に石碑と説明板があるのみで、遺構はない。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles