基兄王
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仁明朝の承和11年(844年)二世王の蔭位により無位から従四位下に直叙され、翌承和12年(845年)宮内大輔に任ぜられる。承和14年(847年)民部大輔に転任する。文徳朝の斉衡3年(856年)従四位上に叙せられるが、翌天安元年(857年)山城守に任ぜられ、地方官に転じる。
その後、清和朝にて散位を経て貞観5年(863年)民部大輔として京官に復す。貞観7年(865年)正月に安芸守に任ぜられ再び地方官に転じるが、間もなく母親の死去に伴い一旦官職を辞任し、同年5月に再任されている。貞観11年(869年)に安芸守の任期を終えた後は、弾正大弼・刑部卿・大蔵卿と清和朝後半から陽成朝にかけて京官を歴任し、貞観16年(874年)には正四位下に叙せられている。