前漢により設置された堂陽県を前身とする。556年(天保7年)に北斉により廃止された。596年(開皇16年)に隋代により再設置された。1052年(皇祐4年)に宋代により堂陽県は廃止され堂陽鎮とされたが、南宮県新河鎮は新河県と改められ、1073年(熙寧6年)に廃止され、1232年にモンゴル帝国(後の元代)により再設置された。
1947年(民国36年)、董振堂にちなみ振堂県とされたが、1949年に新河県に再改称された。1958年に廃止となり晋県に、1961年には南和県に管轄区域は移管されたが、1962年に再設置され現在に至る。