創建年代は不詳。かつて当郷に永きに渡って悪疫が流行し作物も実らず、住民は大山祇神の分霊を安鎮し奉祀した。明治4年(1871年)12月、無格社に列せられ、同34年(1901年)には、それまで石祠だった御神体を神鏡に改めた。
社殿
祭神・塩釜老翁大人は中国の人で、当郷・網上郷の始祖産土神であったとされる。また、新上五島町名産の「五島うどん」発祥の地は当郷であり、その製法は中国から伝えられたものとされる。
当社地の字名を「色摩(しかま)」と言うが、祭神・塩釜老翁大人が製塩に使用した釜が当社地を含め郷内4ヶ所にあったので、「四釜(しかま)」に現在の字名を当てている。