増井悟朗 From Wikipedia, the free encyclopedia 増井 悟朗(ますい ごろう、1925年6月7日 - 2015年8月7日)は、大阪市浪速区生まれの宗教家。浄土真宗華光会前代表、浄土真宗本願寺派布教使。 1925年 - 大阪府大阪市芦原町(現・浪速区芦原)に生まれる。 1942年 - 肺結核を患い療養生活に入る。(当時17歳) 1943年 - 伊藤康善の『仏敵』を読み、獲信(阿弥陀仏から揺るぎない信心を得ること)したとされる。 1944年 - 11月、肺結核が全快し退院。 1945年 - 龍谷大学専門部入学。「華光社」に所属し、創始者である伊藤康善に師事。 1946年 - 伊藤康善より華光誌の編集を引き継ぐ。 1948年 - 龍谷大学専門部卒業、龍谷大学文学部に入学。その後、龍谷大学研究科(真宗学)卒業。 1956年 - 華光会館を建立。 1958年 - 浄土真宗華光会を宗教法人に。 1967年 - 1月、初のアメリカ布教(北米・西海岸方面、ハワイに半年間滞在) 1978年 - 1月、再渡米し布教。以降、毎年継続される。 2015年 - 8月、90歳で死去。法名、釋悟朗。 著書 単著 『親指のふし』(華光会) 『冥加について』(華光会) 『こどもの聖典』(華光会) 『念仏の雄叫び』(法藏館) 『廻心の体験』(法藏館) 共著 『華とひかり』(西光義敞共著、華光会) 『無碍道』(西光義敞共著、華光会) 『巻頭言集・求道の急所』(華光会編集部編、華光会) 外部リンク 浄土真宗華光会 - ウェイバックマシン(2003年10月11日アーカイブ分) 一々の華 - ウェイバックマシン(2000年4月20日アーカイブ分) 華光会の本のレビュー 2007年9月の「華光会」東京公開講演会法座までの日々をつづるblog 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 アメリカ 日本 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles