光仁朝末の宝亀11年(780年)従五位下・民部少輔に叙任される。翌天応元年(781年)桓武天皇の即位後まもなく豊後守に遷ると、天応2年(782年)大宰少弐と桓武朝初頭は九州地方の地方官を歴任する。延暦7年(788年)右少弁に任ぜられて京官に復すが、延暦9年(790年)には大宰少弐に再任される。
その後、従四位下まで昇進したのち、延暦16年(797年)中務大輔、延暦18年(799年)神祇伯兼右京大夫、延暦24年(805年)兼右兵衛督など、桓武朝後半は京官を歴任している。
平城朝の大同4年(809年)7月11日卒去。最終官位は散位従四位上。