寛永元年(1624年)はじめて3代将軍徳川家光に謁見し、そののち大番に列し、切米200俵を賜る。寛永10年(1633年)2月2日には200石を加増、切米を改め相模国大住郡に400石の知行を賜った。そののち番を辞する。寛永13年(1636年)12月27日に大番に復し、翌寛永14年(1637年)9月18日には小普請奉行、寛永19年(1642年)4月11日より御徒頭になり、同年12月30日布衣の着用を許される。慶安4年(1652年)11月21日切米300俵を加えられ、万治3年(1660年)1月29日務めを辞し寄合に列する。延宝4年(1676年)4月15日死去。享年70。法名宗繁。