兄に大村良純がいたが、病弱であったため、純前が当主となった。純前以前の大村氏の事跡は不確定な部分が多く、父の純伊にまつわる伝承は豊富であるが、その真偽ははっきりしない。その伝承によると、父の純伊は有馬貴純のために一時領国を追われたが、まもなく奪回し大村氏を中興したという。
純前の時代の肥前は、有馬氏の有馬晴純の勢力がさかんであった。大村氏と有馬氏とは縁戚関係にあり、純前は男子がなかったために有馬氏より純忠を養子に迎えたが、その後側室との間に実子の又八郎が誕生した。純前は有馬氏をはばかりこれを後藤氏へ養子に出すことになる。天文19年(1550年)、家督を純忠へ譲った。翌1551年死去。