大熊氏
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大熊氏(おおくまし)は、北信濃の住人である。桓武平氏維茂流城氏、あるいは清和源氏頼光流丹波太田氏の子孫と自称した。中野氏・新野氏は同族とされる。
元々、山内上杉氏の家臣で、大熊朝徳の代に丹波から越後に下向して、越後守護の山内上杉氏に仕えるようになり、隣接する信濃北東部に所領を与えられて、同高井郡大熊郷(現在の長野県中野市三ツ和大熊)を本貫地として、大熊氏と称したという。
安土桃山時代に越後上杉氏(上杉謙信)に仕え、その後は武田氏(武田信玄・勝頼父子)に仕えた大熊朝秀が著名である。朝秀は天正10年(1582年)3月に勝頼が織田信長によって滅亡するまで運命を共にし、勝頼に殉じた。その子孫は武田氏の旧臣だった真田氏の当主の真田昌幸・信幸(信之)父子に仕えた。