妙華院 From Wikipedia, the free encyclopedia 妙華院(みょうかいん、享和3年5月11日(1803年6月29日) - 文政9年4月6日(1826年5月12日))は、江戸時代の女性で、12代将軍・徳川家慶の側室。俗名は加久。旗本・太田資寧の娘。 享和3年(1803年)、遠州掛川城主太田氏の分家5000石の旗本、太田資寧の娘として生まれる。 文政3年(1820年)に西丸御次、翌文政4年(1821年)に中臈となる。 文政5年(1822年)に家慶との間に円常院を出産するが夭折する。その後、文政9年(1826年)に五女・咸姫を出産するがまたも夭折してしまう。同年4月6日に死去。戒名は妙華院香屋清薫大姉。墓所は東京都文京区の伝通院。 参考文献 雲村俊慥『大奥の美女は踊る』 PHP研究所、2006年。 高柳金芳『大奥の秘事』 雄山閣、2003年。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles