守住田鶴子 From Wikipedia, the free encyclopedia 守住 田鶴子(本名:高田 多津子(たかだ たつこ)、もりずみ たつこ、1916年 - 1986年)は、昭和期に活躍した漫才師。夫は唄の家なり駒・千葉なり太のなり太。二代目秋田Bスケの叔母。唄の家ライオン門下。 1940年頃、都家文蔵とのコンビで吉本興業に所属。当時の芸名は高田田鶴子(たかだ たつこ)。 1954年頃に人生と離れ、守住田鶴子に改名し浅田家寿郎と組む。 その後、紅田鶴子(くれない たつこ)と名乗り、東五九童の相方を務める。 関連項目 日本お笑い史 漫才師一覧 この項目は、お笑いタレント・コメディアン(これらの関連記事を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles