安保実員 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 鎌倉時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 七郎(通称)、阿保実員 凡例安保実員時代 鎌倉時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 七郎(通称)、阿保実員官位 左衛門尉幕府 鎌倉幕府氏族 安保氏父母 父:安保実光兄弟 阿保実房、安保光重、実員子 泰実、北条泰時継室テンプレートを表示 安保 実員(あぼ /あぶ さねかず)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府の御家人。名字は阿保とも。父は安保実光。 武蔵七党の一つで丹治比真人姓を称し、武蔵国安保(現埼玉県児玉郡神川町元阿保)を拠点とした丹党の一族、安保氏の2代目。 承久の乱の恩賞として播磨国の守護に任じられる。実員の娘は鎌倉幕府3代執権である北条泰時の継室となって次男時実を産むが、時実は16歳で死去している。これ以外の孫として阿保頼泰がいる。実員の一族は本来分家の流れだが、鎌倉幕府が崩壊し、宗家が滅ぶと、代わりに惣領家を継ぐ事となる。頼泰の子孫は室町時代を生き抜いて、のちに後北条氏に属する武将として、上野国内の要衝を支えることとなる。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles