室塚一也
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1986年、21歳の時、車で出勤中に飛び出してきた動物を避けようとして転落事故を起こして脊髄を損傷、車椅子生活となった。
美唄市の北海道立リハビリテーションセンターに入所し、リハビリで車椅子スポーツを始め、やり投げや100m走に取り組んでいたが、1988年京都で開催された全国身体障害者スポーツ大会の車いすマラソンに感動し、練習を開始。1990年にはフルマラソン初挑戦となるはまなす全国車いすマラソンで7位に入賞した。
1994年、車いすメーカーや地元の電気会社などのスポンサーを得て、日本初のプロ車いすマラソンランナーとなった。
同1994年の第14回大分国際車いすマラソンでは日本人初の表彰台となる3位に入賞し、翌1995年の同大会では日本記録を樹立。1996年のアトランタパラリンピックでは銀メダルを獲得した。
また、1995年からトレーニングの一環としてシットスキーを始め、1996年の長野パラリンピックのクロスカントリー代表にも選出されたが、大会直前に体調を崩して欠場した。