宮路山
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主な施設・見どころ
歴史・文化
中世には東海道の古道が山中を通っており、多くの紀行文などで記述がある(第1駐車場近くの登山道に説明板もある)。例えば菅原孝標女は、上総国(現在の千葉県)から京の都へ向かう過程で、寛仁4年10月末頃(西暦1020年11月下旬頃)に宮路山を通過し、『更級日記』の中で次のように記述している。
原文
宮路の山といふ所超ゆるほど、十月つごもりなるに、紅葉散らでさかりなり。
嵐こそ吹き来ざりけれ宮路山 まだもみぢ葉の散らで残れる
簡易現代訳
宮路山という所を越えた時は、十月末だったというのに、紅葉は散らずに真っ盛りだった。
嵐は宮路山には吹いて来ないのだなあ。まだ紅葉が散らないで残っているのだから。
以上のように、宮路山で紅葉が散らずに真っ盛りであることを驚く記述をしているが、上で触れたコアブラツツジが当時も自生しており、それを見ていたことがうかがい知れる。その他、宮路山の紅葉については、阿仏尼も『十六夜日記』の中で記述している。
