小川一平 From Wikipedia, the free encyclopedia 小川 一平(おがわ いっぺい、1902年(明治35年)5月16日 - 1982年(昭和57年)8月8日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員。 政治家小川平吉の長男として長野県諏訪郡富士見村(現富士見町)に生まれる。東京高等師範付属小学校、旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学政治学科卒業。昭和4年(1929年)三菱銀行に入行、同17年(1942年)に退社、同年戦時生活相談所常任理事に就任し、岡谷市に支所を設けて、首都圏から諏訪地方への工場疎開を推進した。 同21年(1946年)第22回衆議院議員総選挙に長野県から出馬し当選。同26年(1951年)後楽園スタヂアム取締役、同32年(1957年)常務、同42年(1967年)副社長、同46年(1971年)花月園観光社長を歴任した。著書に「小川一平回顧録」がある。 弟の小川平二、長男の小川元も衆議院議員。 系譜 小川家 (長野県諏訪郡富士見町、東京都) →詳細は「小川平吉」を参照 出典 宝月圭吾編『長野県風土記』旺文社、1986年。 『長野県歴史人物大事典』郷土出版社、1989年。 『新訂 政治家人名事典 明治-昭和』日外アソシエーツ、2003年。 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 日本 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles