小川登喜男 From Wikipedia, the free encyclopedia 小川 登喜男(おがわ ときお、1908年 - 1949年)は、日本の登山家。東京都出身。 東京高等学校 (旧制)、東北帝国大学、東京帝国大学で、山岳部に属し、スキー登山により、蔵王、八幡平で活躍し、東大では、谷川岳一之倉沢、穂高岳屏風岩、剣岳雪稜などを初登攀した。 肺結核で若死にし、長く、その登山の偉業が知られることがなかったが、東北帝国大学時代に残した日記の精査により、近年、伝記が上梓され、昭和の天才登山家と評されるまでになっている。 『銀嶺に向かって歌え』(みすず書房 2013年) 外部リンク 小川登喜男:作家別作品リスト - 青空文庫 典拠管理データベース VIAF この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles