慶安2年(1649年)、山内一唯の次男として誕生した。
寛文4年(1664年)に兄の一輝が26歳で病没したが、嗣子が無かったため実弟の一俊が家督を継ぎ、寄合に列した。しかし、一俊も延宝3年(1675年)に27歳で没した。
子の豊房が若年で相続したが、本家の土佐藩4代藩主山内豊昌に嗣子が無かったため、元禄元年(1688年)に豊房が養子となった。この際、指扇領は幕府に返上しており、旗本山内家は廃絶となった。元禄13年(1700年)、豊昌の死去により跡を継いで土佐藩5代藩主となった。また、豊房の弟の豊隆ものちに土佐藩6代藩主となっている。