山口泉

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山口 泉(やまぐち いずみ、1955年7月28日 - )は、日本小説家長野県長野市生まれ。男性。本名、同じ。沖縄県在住。

1974年、長野県長野高等学校卒業。 東京藝術大学美術学部在学中の1977年に、「夜よ、天使を受胎せよ」で第13回太宰治賞優秀賞。 1980年、株式会社径書房創業時から請われて顧問に就任、第1長篇小説『旅する人びとの国』、第2長篇小説『吹雪の星の子どもたち』の執筆と並行して、同社の企画相談・ブックデザイン等も担当するが、88年、辞任。 1989年、「宇宙のみなもとの滝」で第1回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。

主要作品に『吹雪の星の子どもたち 翡翠の天の子どもたち』『旅する人びとの国』『悲惨観賞団』『神聖家族』『重力の帝国』『アジア、冬物語』『「新しい中世」がやってきた!』『宮澤賢治伝説』『原子野のバッハ』など。現在『週刊金曜日』に「肯わぬ者からの手紙」月1回連載中。

2004年〜2006年、同志社メディア・コミュニケーション研究センター嘱託研究員。 2005年〜2018年、「小諸・藤村文学賞」選考委員。 2023年、絵画作品個展『死の国からも、なお、語られ得る「希望」はあるか?』(足利市立美術館)。

日本文藝家協会会員。日本ペンクラブ会員。

評価

・山口の最初の著書『吹雪の星の子どもたち』(1984年/径書房)には、詩人・谷川俊太郎の帯文が付された。谷川はそこで「『星外脳』というとてつもないビジョンを生んだのは、作者の怒りと哀しみの深さであるとともに、うちにひめた志の高さだろう。私が彼を80年代の賢治と喚びたい誘惑にかられるのは、破綻が即可能性であるかのようなその構想の巨きさゆえだ。」と記した。《星外脳》は作中に登場する中心もチーフの1つ。ただ山口自身は、のちの著書『宮澤賢治伝説――ガス室のなかの「希望」へ』(2004年/河出書房新社)で、宮澤賢治への批判を展開している。

・なお、1984年の前篇『吹雪の星の子どもたち』(径書房)刊行後、長年、未完となっていた完結篇『翡翠の天の子どもたち』を書き下ろしとして加えた、完全版合本『吹雪の星の子どもたち 翡翠の天の子どもたち』(オーロラ自由アトリエ)が、2023年、39年ぶりに上梓された。

・もともと太宰治賞(筑摩書房主催)の選考委員として山口を見出した埴谷雄高は『「新しい中世」がやってきた!』(1994年/岩波書店)の原形の『新しい中世の始まりにあたって』(月刊『世界』1992年連載)時からの読者で、同書刊行にあたり、自ら巻末の解説対談の相手を引き受けたという。94年5月に行われた対談で、埴谷は「あなたがこういうことをやるということは、やはり戦後派以後の新しい試みですね。あなたは戦後文学を経過したから、あなたの小説を見ると、いままでの人がこういうことをこういうふうにやっているという勉強をしている。」「ある意味で言うと、あなたのほうが形式と内容を新しくしている。そういう小説はすくなかったわけです。あなたは、昔のものを引用しながら、論理も組み立てて、想像力もSFの向うにまでも働かす。論理と想像力を一緒に駆使している。/戦後文学はある問題だけに向かい、全体はやれなかった。しかしやはり全体を目指していたんですよ。それがあなたに伝わって、あなたは全体をやった。そしてあなたが全体をやったということが、また誰かに伝わります。」との言葉を贈った。この対談「預言者の運命」は『「新しい中世」がやってきた!』に収録された後、埴谷の対談集『超時と没我』(1996年/未来社)、『埴谷雄高全集』第18巻(2005年/講談社)にも再録されている。

著書

その他

外部リンク

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