山﨑照英
日本の野球選手 (2002-)
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経歴
プロ入り前
佐世保市立港小学校2年時に兄の影響でソフトボールを始め、佐世保市立崎辺中学校では軟式野球部に所属した。九州文化学園高等学校では硬式野球部に所属するも、大舞台とは縁がなかった。食物調理科在学中に調理師免許を取得し、一時は調理師専門学校への進学を検討するほどであったが、関西独立リーグ(さわかみ関西独立リーグ)・神戸三田ブレイバーズ(現・兵庫ブレイバーズ)[注釈 1]からスカウトを受け翻意、入団を決めた[1][2]。背番号は99[3]。
KDL・神戸三田→兵庫時代
2021年は29試合の出場ながらも.353の高打率をマークした。
2022年は39試合に出場。打率は.262に落とすも、盗塁数を昨年から12個増やして29とした。
2023年は44試合出場で打率.304、43盗塁をマークした。オフには監督の山川和大の手引きで福岡ソフトバンクホークスに所属する周東佑京との自主トレーニングをおこなった[4]。
2024年は40試合に出場し、リーグ新記録となる74盗塁を記録して盗塁王のタイトルを獲得[5]。自身初となるベストナインに選出された(外野手部門)[6]。
2025年は47試合で51盗塁をマークし、2年連続で盗塁王を獲得。2年連続となるベストナイン(二塁手としては初)にも選出された[7]。NPB入りを目指しての兵庫入団であったが、4年間声がかかることはなかった。そのため、2025年オフに指名が得られなければ引退すると決断していた[1][4]。
2025年10月23日のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから育成ドラフト2位指名を受けた[8]。兵庫からのNPBドラフト指名は、2018年の田中耀飛以来7年ぶりとなる。指名の背景には、9月に視察に訪れた阪神スカウトの筒井和也が山崎の走塁タイムに興味を示し、その後もリーグ戦に足を運んでいたことがあった[9]。9月15日のリーグ最終戦後には「ご縁があったら」という前提で調査書を要請することを明かしていた[9]。
11月18日に支度金300万円、年俸300万円で仮契約を結んだ(金額はいずれも推定)[10]。背番号は129[11]。担当スカウトは前記の筒井和也[10]。九州文化学園高出身のNPB選手は初となる[2]。山﨑のNPB入りを受け、兵庫球団は山﨑が身に着けていた背番号99を永久欠番とすることを発表した[12][13]。チームの永久欠番指定も田中耀飛以来7年ぶりである。
詳細情報
背番号
- 99(2021年[3] - 2025年)
- 129(2026年 - )