山田七五郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 山田 七五郎(やまだ しちごろう、1871年2月1日 - 1945年6月27日)は、日本の建築家。長崎県技師、横浜市の初代建築課長を歴任し、1914年(大正3年)から1929年(昭和4年)まで、横浜市の建築営繕組織のトップとして組織を統率した。1925年にパリで開催された現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アールデコ博)では、日本館の設計を担当した。 長崎県庁、手彩色絵葉書 長崎市役所、手彩色絵葉書 横浜市開港記念会館 1871年(明治4年)京都府出身。1899年(明治32年)東京帝国大学卒業。長崎県技師として長崎県庁設計監督にあたる。1914年に横浜市開港記念会館建設のため、横浜市に渡る。初代横浜市建築課長として関東大震災復興にも尽力し、1929年5月2日退職。横浜高等工業学校講師を歴任。 主な作品 長崎県庁 明治44年(1911年)4月25日 旧制長崎県立長崎中学校 大正2年(1913年)7月 長崎市役所 大正3年(1914年)12月25日 横浜市開港記念会館 大正6年(1917年) 森田銀行 大正9年(1920年) 関連項目 横浜市開港記念会館-彼の胸像が展示されている。 参考文献 外部サイト この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。表示編集 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。表示編集 Related Articles