岩松昌純 From Wikipedia, the free encyclopedia 岩松 昌純(いわまつ まさずみ、文明1年(1485年) - 享禄2年(1529年))は、戦国時代の武将。上野国金山城主。岩松氏。 文明17年(1485年)、岩松尚純の子として生まれる。 父が家臣の横瀬景繁と対立して強制隠居させられると、横瀬氏により後釜として擁立されて当主となった。しかし若年の上、当主に就いた経緯などから横瀬氏の傀儡でしかなかった。 このため、主導権を取り戻すべく横瀬泰繁と対立する。享禄2年(1529年)、泰繁を討とうとした計画が露見して泰繁の反撃を受け、その軍勢によって逆に殺された。享年45。 昌純の死後、泰繁はその子・岩松氏純(弟の説もある)を和睦した上で擁立している。 関連項目 岩松氏 先代岩松尚純 岩松氏歴代当主 次代岩松氏純 Related Articles