長門国萩(現・山口県萩市)生まれ。藩校明倫館に学び、1871年(明治4年)萩の文学寮より選ばれて山口へ移り、英国人ダルネーに就いて語学を学ぶ。1873(明治6年)県の学制改革に伴い巴城学舎に入る。1878年(明治11年)、選抜給費生として上京し慶應義塾に入塾。1882年(明治15年)、大蔵省属官となり通商史編纂に従事し、史料収集のため全国を跋渉。編纂事業が中止されると、1890年(明治23年)より会計検査院で勤務した後、1895年(明治28年)台湾税関在勤となる。1898年(明治31年)帰国して大倉組に入社し台湾鉄道の材料輸送に監督として従事した後、同年11月に王子製紙に転じ、事務長として主に会計業務に従事。1904年(明治37年)再び大倉組に入り、横浜支店会計主任を経て、1907年(明治40年)大阪支店会計主任となる。