崔弁 From Wikipedia, the free encyclopedia 崔 弁(崔辯、さい べん、424年 - 485年)は、北魏の官僚・学者。字は神通。本貫は博陵郡安平県。崔挺・崔振の従兄。 経歴 崔経(崔琨の子)の子として生まれた。経書や史書を渉猟して学び、その行儀作法は端正であった。献文帝に召されて中書博士に任じられた。後に散騎侍郎・平遠将軍・武邑郡太守に転じた。政務のかたわらに学問を推奨することにつとめた。485年(太和9年)、平城で死去した。享年は62。安南将軍・定州刺史の位を追贈された。諡は恭といった。 子女 崔賓媛(李叔胤(李璨の子)の妻) 崔逸(長子、もとの名は景雋、中書博士、侍御史主文中散、員外散騎侍郎、国子博士、通直散騎常侍・廷尉少卿) 崔模 崔楷 崔蘭賓(盧洪(盧柔の祖父)の妻) 崔叔蘭(邢巒の妻) 崔芷蘭(李憑(李霊の子の李恢の子)の妻) 伝記資料 『魏書』巻56 列伝第44 『北史』巻32 列伝第20 魏故南趙郡太守李府君夫人崔氏墓誌銘(崔賓媛墓誌) Related Articles