康正年間(1450年代)に、尾張国葉栗郡河田村(当時の地名は尾張国河野郷河田村。現愛知県一宮市及び岐阜県各務原市)を支配していた土豪である、川島入道川田雅楽助が築城。城といっても広大な屋敷だったと思われる。
川島入道川田雅楽助は土岐氏に仕え、数々の戦いに参加している。その一方、支配下の農民には養蚕や麦の裏作を奨励し、城内で市を開き、有力者との話し合いの場を設ける等、農業の普及に力を入れていたといわれている。
廃城時期は不明。川島入道川田雅楽助も文献としては尾張志にわずかに登場するのみで、生没年も不明である。