広沢寺 (山口市)
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所在地
山口県山口市黒川1483
位置
北緯34度08分13.6秒 東経131度27分22.2秒 / 北緯34.137111度 東経131.456167度座標: 北緯34度08分13.6秒 東経131度27分22.2秒 / 北緯34.137111度 東経131.456167度
山号
泉香山
宗派
曹洞宗
| 広沢寺 | |
|---|---|
| 所在地 | 山口県山口市黒川1483 |
| 位置 | 北緯34度08分13.6秒 東経131度27分22.2秒 / 北緯34.137111度 東経131.456167度座標: 北緯34度08分13.6秒 東経131度27分22.2秒 / 北緯34.137111度 東経131.456167度 |
| 山号 | 泉香山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 薬師如来 |
| 開山 | 雪心真昭禅師 |
| 札所等 | 中国四十九薬師霊場 第27番 |
| 法人番号 | 5250005000230 |
廣澤寺の前身は泉香寺である。この泉香寺を創建したのが、大内氏二十四世大内弘世の子、二十六世大内盛見であった、応永年間のことである。開山は仏悟恵光禅師(応永9年(1402年)示寂)で、当初は臨済宗であった。後に昌岩春盛和尚(慶長12年(1607年)示寂)を迎えて曹洞宗に改宗された。その後、幾星霜を経て廃寺となったが、明治5年(1872年)5月、古熊村にあった万年山廣澤寺が引き移った。のちに山号は万年山から泉香山へ変更された。
廣澤寺は大内盛見の子・教幸が豊前国馬岳において敗死したので、その菩提寺として山口の古熊村に建立され、廣澤寺と号した。開山は雪心真昭禅師(応仁2年(1468年)示寂)である。その後、大内輝弘の乱において、諸堂ことごとく焼失するが、山中にあった観音堂が残った。この聖観音像は教幸公の守り本尊といわれ、二十年に一度開帳されたものである。