広沢駒蔵 From Wikipedia, the free encyclopedia 広沢 駒蔵(ひろざわ こまぞう)は、浪曲の名跡。 2代目、3代目は軽妙なけれん読みで人気を博した。 広沢駒蔵(1889年 - 1937年2月11日)本名、高津芳太郎。 兵庫県淡路沼島の生まれ。広沢巌輔の門下。得意ネタは「玉川お芳」。関西でありながら関東節の高調子の三味線を初めて使った名人。 弟子には五月一朗。 2代目 広沢駒蔵(1906年5月 - 1969年3月11日)本名、高津梅太郎。 初代の甥で兵庫県淡路島津名郡(現在の淡路市)の生まれ。ケレン読みの大看板。 3代目 広沢駒蔵(1931年7月13日 - 2001年6月22日)本名、美崎正則。 大阪府羽曳野市の生まれ、子供の頃から江州音頭の櫓に上がる。1949年に2代目に入門し広沢駒太郎を名乗る。1961年に音楽ショウ「スカタンボーイズ」(第1次)の結成に参加。1970年に「スカタンボーイズ」を一人抜け浪曲に復帰。1972年に3代目駒蔵を襲名。音楽ショウ時代のアドリブを生かしたケレン読みで多くのレコードやカセットを販売。朝日放送ラジオの「おはよう浪曲」の初代司会者としても知られた。 浪曲復帰後は「木津勘助」「尾張春太郎」「左甚五郎」をよく演じていた。 参考文献 「現代上方演芸人名鑑」(1980年、少年社) この項目は、芸能人一般(俳優/女優・歌手・お笑い芸人・アナウンサー以外のタレントなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:芸能人)。表示編集 Related Articles